ミナミのラボ

元役者の会社員ブログ 日々の気付き、疑問を独自の視点で記載しています。

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役者を15年やって感じた不安 将来 結婚 子供 親

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こんにちわミナミです。

 

僕は昔役者をやっていました。

期間としては15年位。

 

お芝居の中では王子様を演ったりお化けを演ったり、お兄ちゃん死体赤ずきんちゃんお父さん医者デスラー総統など、様々な役を演じてきました。

 

今はサラリーマンをやっていますが、役者ってかなり色々な不安をかかえつつ日々過ごしています。

 

みんな同じ悩みを抱えてるんです。

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僕が役者になろうと思ったのは14歳の頃。

当時いじめを受けていた僕は引っ込み思案で背も小さくガリガリ。腕立て伏せが3回位しか出来ませんでした。

 

そんな時にテレビでインディー・ジョーンズを見ました。魔宮の伝説ね。

そこに出ていたキー・フォイ・クァン(現ジョナサン・キー)に一目惚れ。

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出典:インディー・ジョーンズ

当時13歳のキー・フォイ・クァンは武術で敵と戦い、ハリソン・フォードを助けます。

中国系ベトナム人であるキー・フォイ・クァンですが、当時14歳の僕にはアジア人は日本人と変わりありませんでした。

 

「彼のようになりたい」と心に思い、親に「TVに出たい」と言いました。

 

そこが原点でした。

 

それからは劇団に所属し、エライ数のエキストラをこなし、オーディションを受けては落ちを繰り返すのですが、そのまま15年役者を続けることになりました。

 

少し大きな役が決まる

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高校時代、劇団でレッスンを受け、演劇部にも所属してました。

下手な体育会系の部活よりハード。公演が決まると通常の部活時間以外にも、朝練や休日練習なんて当たり前。

柔軟から始まってランニング、坂道ダッシュ、筋トレ、発声練習。

 

劇団に通いながら部活でもお芝居。お風呂の中では外郎売りと寿限無を言います。

(今でも一人で湯船に浸かる時は言ってます。)

僕は人より舌が長く、滑舌が悪かったので人一倍滑舌練習を行いました。

 

そんな折、劇団で入った仕事で少し大きな役が決まりました。

教育映画なのですが、役名もセリフもちゃんとあります。

クレジットにも自分の名前が流れます。

 

撮影は1週間位かかったので、学校側にも事情を説明して、早退や欠席をしながら撮影をしていました。

「お、ちょっと自分芸能人っぽくね?」と思って有頂天でした。

 

学校の道徳の時間とかに使われる程度かなと思っていたのですが、撮影終了から半年後位に、休みの日の昼間にTVで放送されました。

翌日学校で「ミナミをテレビで見た!」とちょっと騒がれました。

 

この頃から将来は俳優として生きていこうと思っていました。

 

何も不安が無かった20代前半

大阪の実家を出て、東京の演劇を学べる大学に進学しました。

その大学の演劇科でお芝居を学び、多い時には1年で6本の舞台をこなし、朝から晩までお芝居の事を考えていました。

座学ではシェイクスピア世阿弥の事も学びます。

 

周りには芝居仲間が大勢います。みんな芝居バカで飲みに行くとお芝居の話で夜が明けます。

テレビの仕事はエキストラがほとんどでしたが、ほんのチョイ役でもセリフを貰えることもちょくちょく増えてきました。

 

舞台を作る時は裏方の仕事も一緒にします。そこで舞台美術を学びました。今のDIY好きはそこが始まりですねw。

 

エキストラも100本200本とやっていくとそのうち助監督とか監督とかに顔を覚えてもらえたりします。

そうなると、同じエキストラでもちょっと良いところ(カメラの近く)に配置してもらったりもしました。

将来、自分は俳優として生きていくんだと信じて疑いませんでした。

 

役者は幸せな結婚は出来ない

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「役者は幸せな結婚は出来ない」

 

先輩からよく言われた言葉です。演出家の先生にもよく言われました。

 

役者ってね、儲からないんです。常にお金が無い。みんなアルバイトで必死です。

しかも仕事が決まるとアルバイトは休まなきゃいけない。

突然1日前に仕事が入ることもあります。そうなると夜に「すいません、明日お休みさせて下さい」とアルバイト先に伝え、休みを取ることになります。

 

そんな状態では就職は出来ません。結婚して奥さんと子供を養うなんて出来ません。

まぁ、俳優として生きていくと思っていたので、就職するつもりもありませんでしたが。

 

大学を卒業して、アルバイトと俳優業をしていた時の収入ですが、大体アルバイトで12万円位。俳優業で4万円位。

お休みは月に1日あるかないか。

 

アルバイトはコールセンターでしたね。すごい人数がいるので、僕が一日休んでも大して問題ない。

でもコールセンターって当時バンバン出来ては潰れていたのですが、僕が働いていた所も2年位で無くなりました。

 

それからはバイク便で働いていました。これも突然休んでもそんなに問題ないんです。

決められた定期便を持ってしまうと休みにくくなるのですが、それを持たずにスポットのみで働くと休みが取りやすい。

その代わり定期便は単価が高くスポットは単価が低いので、給料は少ないままでしたが。

 

漠然と不安を感じてきた20代中頃

25歳を超えた頃から少し結婚を考える事が増えました。

周りには役者友達が多かったのですが、高校の時の友達とかは普通の人です。

たまたま僕の周りの人がそうだったのですが、みんな結婚が早かったです。

友人は22歳の時に結婚しました。

またある友人は24歳で結婚しました。

 

25歳の頃、僕自身は親のスネをかじっていたわけでは無いのですが、逆に親に仕送りも出来ていませんでした。

東京で一人暮らし。役者をやっていると日々の生活で精一杯です。

独身で一人暮らしであれば何とかやっていけます。

 

でも、自分は本当に役者で生きていけるのだろうか。

 

役者として生きていくために、これまで10年以上やってきた。

滑舌練習も呼吸法も、着物を着た時の歩き方から殺陣、ダンスや歌のレッスン。

 

でも大きな役が決まらない。

 

舞台では大きな役も出来ます。だって人がいないから。

自分自身、演技がうまいとは思わないけど、最低限の演技力は持っているつもりです。であれば多少いい役はもらえます。

 

でもドラマが決まらない。

映画でも大きな役をもらえない。

CMもメインでとれない。

 

小さい役は来ます。Vシネマならそこそこの役も来ます。

でも、大きな役が決まらない。

 

不安だらけになった20代後半

どんな世界でもそうだと思いますが、特に芸能界って「運」の要素が大きいんです。

 

「運も実力のうち」

その言葉がぴったり来る世界です。

ドラマを見てても「下手くそな演技だな」と思うことも多くあります。

でも、その人がそのドラマに出てるということは、そこに辿り着けるだけの運を持っていたという事です。

自分はその運を持っていない。

最低限の演技力さえあれば、後は運と実行力です。

 

例えば僕は180cm弱の普通体型、顔は穏やかな部類に入ると思います。

オーディションで映画の出演者を募集しているとしても、役のイメージと自分のイメージが合わないと、どれだけ演技が上手くても落とされます

自分のイメージと募集されている役のイメージが合った時、始めて演技力を見てもらえると言うことになります。イメージが違ったらそもそも1次審査で落とされます。

 

宣材写真も何度も撮りましたが、宣材写真と実物って結構イメージが違うんですよね。

なので、1次審査に受かっても2次審査であっさり落とされることもあります。

「自分のイメージと合う役が募集される」「それに自分が応募出来る」という運が必要です。(もちろん他の運も必要ですが。。)

まぁ「イメージ違うだろ」と思うのに何故か2次審査に受かった事もありましたが・・・(こちらの記事

 

運だけではなく、自分から動く必要もあります。

当時僕はDeviewという雑誌とオーディションという雑誌を定期購読していました。

オーディション情報が載っている雑誌です。掲載されているオーディションで受けれるものには応募します。

もちろん事務所の許可を得る必要がありますが、動けるだけは動きます。

 

エキストラに行きます。

友達と即興劇で遊びます。

河原で発声練習をします。

エキストラに行きます。

事務所で演技レッスンを受けます。

友人のお芝居を見に行きます。

エキストラに行きます。

オーディションを受けます。

エキストラに行きます。

 

・・・

 

そうして30歳を手前にした時。親のことを考える事が増えて来ました。

 

もう十分やった

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お芝居で役を演じる時、本番でとてもうまく行ったとしても満足してはいけない。満足するとそこで止まる。

と良く言われました。

実際、満足したことは無かったのですが、それは役者人生においても同じでした。

 

役者ってね、日々是勉強であり、死ぬまで勉強なんです。

毎日の自分の生活が、自分の糧になります。

 

高校生の頃、電車に乗っていた時に痴漢をされたことがあります。

相手は男性です。50歳過ぎ位のおじさんでした。

気持ち悪くて、でも何も出来ず、すぐに逃げたのですが、僕の中の役者部分がこう言います。

「男に痴漢をされた人の気持ちがわかった。もしそういう役が来たら上手く演じられる。」

 

友人がケガをして救急車で運ばれた事がありました。

とっても心配したのですが、僕の中の役者部分はこう言います。

「これで友人がケガをして心配する人の気持ちがわかった。そういう役が来たら上手く演じられる。」

 

20歳の時に母親をガンで亡くしました

涙が止まりませんでした。こんなに悲しいことがあるのかと思いました。

僕の中の役者部分はこう言います。

「母親を亡くした人の気持ちがわかった。そういう役が来たら上手く演じられる。」

 

電車に乗ってアルバイトに行く時にうんこを漏らしたことがあります。

僕の中の役者部分がこう言います。

「うんこを漏らした人の気持ちなんてわかりたくなかったけどわかった。そういう役が来たら上手く演じられる。」

 

25歳の頃、バイクのメンテナンスをしていた時にチェーンに指が巻き込まれ、切断寸前まで行きました

骨が見えており、救急車で運ばれました。それ以来僕の右手の親指は関節が動きません。

僕の中の役者部分はこう言います。

「まずい、右手が普通じゃなくなった。もう右手のアップが撮れない。でも大きなケガをする人の気持ちがわかった。そういう役が来たら上手く演じられる。」

 

全ての役者がそうなのかと言うと違う人も多いと思います。

でも、何か新しい経験をすると、それが自分の糧になると考えます。

そうすると、「もう十分やった。」と思うことは死ぬまでありません。

 

でも。。。でもね。

 

僕は割りと甘やかされて育ってきました。

親の愛情をたっぷり受けて育てられて来ました。

高校を卒業して10年。親元を離れお芝居に没頭してきました。

親父は再婚もせずに一人暮らしです。

 

このまま役者を続けていくのか?

いつ売れるかもわからないのに?

売れないかもしれないのに?

結婚も出来ないかもしれないのに?

 

親父は何も言いません。

いや、「いつになったらテレビに出るんだ?」とからかってはきますが。

 

僕が大阪に帰るとは思っていません。

いっぱいいっぱい受けた親からの恩。僕は全く返せていません。

 

 

15年もやったんだから。

 

もう十分やったよね?

 

 

そうして僕は役者を止めました。

 

結婚 孫

お芝居の世界では15年は結構ペーペーです。

ベテランでも何でもありません。

でも、それでも15年。ずっと役者として生きてきました。

その役者をやめると決めた時は流石に結構泣きました。

 

俳優・女優の人って30歳がボーダーラインと考える人が多いです。

僕の周りでも「30歳で目が出なかったからやめた」という人は結構います。

 

僕は役者をやめてすぐに就職活動に入りました。

世間の人と比べるととても遅いスタートです。

それでも何とか正社員になれました。

それについては別でまた書くつもりですが、とりあえずサラリーマンになれました。

 

最後に

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今、僕は奥さんと二人の娘と暮らしています。

 

大阪にも戻ってきました。家についてはこちらの記事で書いたとおりです。

 

親父の家も近くて、月に一度は遊びに行きます。親父は孫にメロメロです。

 

仕事があり、家があり、奥さんがいて子供がいて、仕事に行くときは「いってらっしゃい」と娘がキスをしてくれます。

お金にはそんなに余裕はありませんが、とっても困っているというわけでもありません。

 

世間一般で見るととっても幸せな家庭です。

 

 

 

僕の中の役者部分がこう言います。

「幸せなサラリーマンの気持ちがわかった。そういう役が来たら上手く演じられる。」

 

 

なんてね。

 

 

今役者をやってて不安を感じている方。

こういう幸せもありかもしれませんよ?

 

何が言いたいのかよくわからなくなってきましたのでこの辺で終わっておきます。

 

以上、「役者を15年やって感じた不安 将来 結婚 子供 親」でした。